愚か者の身分 人はなぜ間違えたまま生き続けるのか

「愚か者の身分」。

このタイトルを見て、胸がざらついた人は多いはずだ。

誰かを指しているようで、実は自分のことを言われている気がする。

本作は、社会の底辺や極端な悪を描く映画ではない。

描かれるのは、ごく普通の選択と、ごく普通の後悔。

そして、それを正当化しながら生きてしまう人間の姿だ。

派手な事件は起きない。

だが、心の奥ではずっと事件が続いている。

この映画は「失敗した人間」を笑わない

「愚か者」という言葉は、本来とても攻撃的だ。

だがこの映画は、その言葉をナイフとして使わない。

むしろ、そっと置いてくる。

あなたも、私も、そうかもしれないと。

登場人物たちは決定的に愚かではない。

努力もしている。

愛情もある。

ただ、少しずつ選択を誤る。

その積み重ねが、取り返しのつかない地点へ連れて行く。

失敗は一瞬で起きない

本作が巧みなのは、転落をドラマチックに描かない点だ。

一歩目は小さい。

ほとんど気付かない。

「まあ大丈夫だろう」

その一言が、何度も繰り返される。

ここで一つ、問いかけたい。

あなたは最近、自分に都合のいい理由を使っていないだろうか。

主演俳優の生々しい存在感

主演俳優の演技は、上手いという言葉では片付かない。

巧妙でも、派手でもない。

ただ、そこに「いる」。

弱さを隠そうとする目。

自尊心を守るための沈黙。

他人の言葉に過剰に反応する間。

どれもが現実的で、見ていて苦しい。

名演技とは、共感させることではない。

思い出したくない自分を呼び起こすことだ。

監督が選んだ冷たい距離感

監督は、登場人物に寄り添いすぎない。

カメラは常に一歩引いている。

感情を代弁しない。

説明もしない。

観客は、勝手に理解してしまう。

勝手に同情してしまう。

その行為自体が、この映画のテーマと重なる。

人はいつも、自分に都合のいい解釈をする。

それは映画を観る時でさえ同じだ。

音楽が語らない理由

本作の音楽は控えめだ。

場面を盛り上げない。

むしろ、邪魔をしない。

感情が高ぶる場面ほど、音楽は消える。

沈黙が支配する。

その沈黙が、観る側の思考を強制的に動かす。

泣くタイミングを与えない映画は、ずるい。

だが、誠実でもある。

この物語が突きつける現実

「愚か者の身分」は、やり直しの物語ではない。

救済の物語でもない。

描かれるのは、選び続けた結果だ。

誰かに強制されたわけではない。

自分で選んだ。

その事実が、観る側の心を重くする。

もう一つ、問いを投げたい。

もし今の自分の選択が、10年後の自分を作るとしたら、それでも同じ道を選ぶだろうか。

制作の裏側に感じる覚悟

この映画は、観客に優しくない。

だが、それは制作者の覚悟でもある。

分かりやすくしない。

希望を押し付けない。

現実はそうではないからだ。

多くの人は、間違えたまま生きる。

気付いていても、引き返せない。

それを描くには、勇気がいる。

この映画が刺さる人、刺さらない人

爽快感を求める人には向かない。

正義が勝つ物語が好きな人にも厳しい。

だが、自分の人生を振り返ったことがある人には刺さる。

特に、後悔を抱えたことがある人。

年齢を重ねるほど、痛みは増す。

それは欠点ではない。

この映画の正しい効き方だ。

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個人的な偏見と正直な感想

私はこの映画を観て、気分が良くならなかった。

だが、忘れられない。

それは、この映画が嘘をつかないからだ。

人は賢くなれない。

何度も同じ間違いをする。

それでも、生きてしまう。

「愚か者の身分」とは、他人に貼られるレッテルではない。

生きている限り、誰もが一度は背負うものだ。

そう思わされた時点で、この映画は十分に役割を果たしている。

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