タイトルを見た瞬間、何かを期待しすぎた人もいるかもしれない。
壮大なSF。
銀河を股にかけた冒険。
あるいは感動の大団円。
だがこの作品は、そういう欲望を軽やかに裏切る。
「銀河特急 ミルキー☆サブウェイ 各駅停車劇場行き」は、目的地よりも途中下車を愛する映画だ。
派手な加速はしない。
ワープも控えめ。
それでも、なぜか最後まで降りられない。
この映画は何者でもない時間を肯定する
本作の最大の特徴は、物語らしい物語を拒む姿勢にある。
大きな事件は起きない。
銀河の危機も訪れない。
あるのは、会話。
沈黙。
どうでもいいようで、実はどうでもよくない時間。
各駅停車という言葉が、これほど正確な映画も珍しい。
進んでいるのか、止まっているのか分からない。
それでも列車は走っている。
この感覚、覚えがないだろうか。
忙しくしているのに、何も前に進んでいない気がする夜。
銀河は広いが、車内は狭い
舞台は銀河。
だが、ほとんどの時間はサブウェイの車内で過ごす。
窓の外には星。
中には人。
この対比が面白い。
宇宙という無限の中で、人間関係は驚くほど窮屈だ。
誰かと距離を取れない。
降りるタイミングも逃す。
それでも一緒に乗っている。
主演キャラクターたちの不完全さ
本作の登場人物は、全員が少しずつズレている。
ヒーローはいない。
カリスマもいない。
むしろ、どこか冴えない。
言葉を選び間違える。
空気を読めない。
だが、その不完全さが愛おしい。
完璧なキャラクターは、すぐに飽きる。
この映画はそれをよく知っている。
あなたが感情移入するのは、きっと一番どうしようもない人物だ。
なぜなら、そこに自分がいるから。
監督の美学は「急がないこと」
演出は徹底してゆっくりだ。
間を恐れない。
沈黙が長い。
カットも少ない。
最近の作品に慣れていると、最初は戸惑うかもしれない。
だが、しばらくすると心拍数が下がる。
映画に合わせて呼吸が整う。
ここで一つ、問いかけたい。
最後に、何も起きない時間を楽しんだのはいつだろうか。
音楽は主張しないが、確実に残る
本作の音楽は前に出ない。
耳を掴むフレーズも少ない。
だが、観終わったあとにふと思い出す。
帰り道で、ふっと脳内再生される。
それは、日常に溶け込む音楽だ。
特別ではないが、消えない。
この映画のトーンを、音楽が裏側から支えている。
制作の裏側に感じるインディーズ魂
この作品は、明らかに大量消費を前提にしていない。
刺さる人にだけ刺さればいい。
その割り切りが清々しい。
流行を追わない。
説明もしない。
置いていかれる観客がいることも、承知の上だ。
だからこそ、ハマった時の中毒性が高い。
笑えるのに、なぜか切ない理由
会話は軽い。
ギャグもある。
なのに、胸の奥が少し痛む。
それは、この映画が「止まっている人」を描いているからだ。
夢を諦めたわけでもない。
追いかけているわけでもない。
ただ、乗り続けている。
降りる理由が見つからない。
ここまで書いて、もう一つ聞きたい。
あなたは今、どの駅で立ち止まっているだろうか。
この映画が合う人、合わない人
刺激を求める人には向かない。
テンポ重視の人も厳しい。
だが、夜に一人で観たい映画を探している人には強く勧めたい。
疲れている時ほど、効く。
何かを得る映画ではない。
何かを手放す映画だ。
この作品が好きならおすすめしたい映画
夜は短し歩けよ乙女
目的のない移動と会話の心地よさ。
リンダ リンダ リンダ
何者でもない時間の尊さ。
パターソン
日常を肯定する静かな視線。
個人的な偏見と愛情
正直に言う。
この映画を傑作だと感じない人の気持ちも分かる。
だが私は好きだ。
理由は単純。
この映画は、人生を急かさない。
頑張れとも言わない。
成長しろとも言わない。
ただ、今ここにいろと囁く。
銀河特急 ミルキー☆サブウェイ。
それは目的地を失った大人たちの、優しい逃避行だ。
降りるかどうかは、あなた次第。
私はもう少し、乗っていたい。