劇場版『チェンソーマン レゼ篇』レビュー|“爆ぜる恋”の温度で世界が反転する——映像×音楽×声優が描く“夏の頂点”

公開:2025年9月19日/上映時間:100分/監督:吉原達矢/脚本:瀬古浩司/音楽:牛尾憲輔/制作:MAPPA/配給:東宝。主題歌は米津玄師「IRIS OUT」、エンディングは米津玄師 × 宇多田ヒカル「JANE DOE」、挿入歌にマキシマム ザ ホルモン「刃渡り2億センチ(全体推定70%解禁edit)」。TVシリーズの直続きとして“ボム(爆弾)の悪魔”=レゼとの出会いと別離を、映画という器で一息に駆け抜ける。

まずは結論

  • 映画でやる必然:出会い→蜜月→正体→死闘→余韻までを切れ目なく体験させる設計。100分の推進力が、レゼ編の「季節の一回性」を極大化。
  • 音の三角形:OP「IRIS OUT」が“視界の開眼”、ED「JANE DOE」が“匿名の余韻”、挿入歌が“映像とカットの爆裂”を担い、感情線を音楽で補強。
  • 俳優の温度:レゼ=上田麗奈の“柔らかい罠”とデンジ=戸谷菊之介の拙い真っ直ぐさがぶつかり、会話だけで胸が痛い。脇のキャストも総合力で支える。

あらすじ(ネタバレなし)

雨宿りの夜、デンジは喫茶店の少女・レゼと出会う。無邪気な笑顔、くすぐるような会話。ふたりの距離は、夏の湿度に押されるように近づいていく。だが、その奥で回り始めているのは国家と悪魔の歯車。やがて恋の脈動は、爆ぜる引き金へと姿を変える——。

演出・画作り:雨粒・火花・金属、そして“時間差”の爆発

監督はTV版でアクションを牽引した吉原達矢。MAPPAの強みである質感の描写(水・炎・金属)が、今回は映画的スケールでまとめて襲ってくる。

  • 近接戦の重量感:斬撃の“前後”の運動がきちんと映っており、当たる前の緊張と当たった後の反動が連続で体に入る。
  • 爆風の時間差:爆炎の光が先に走り、遅れて空気の圧が押し戻す——この「0.X秒のラグ」が、画面の向こうの出来事を現実の物理に引き寄せる。
  • 都市の立体把握:路地・歩道橋・水路が追走の導線として明快に使われる。視界を迷わせない編集は、観客の方向感覚を守る配慮だ。
  • 台風の悪魔の見せ場は、空間と音圧の二重の渦。画面が“巻き取られる”感覚が劇場の空気を震わせる。 ここに牛尾憲輔の音が刺さり、“速い/遅い”“重い/軽い”のコントラストが深まる。アクションの“速筋”とドラマの“遅筋”が同じ身体に宿るのが、本作の快楽。

音楽:OP「IRIS OUT」× ED「JANE DOE」× 挿入歌の三角測量

OP:米津玄師「IRIS OUT」

イントロの瞬きのような拍が“視界の開閉”を想起させ、サビで視野が裏返る。タイトルの“IRIS(虹彩)”はまさに映画のテーマと同位。デンジが初めて真正面から受け取る視線の甘さと痛みを、“上昇と落下”の反復で描く音作り。

ED:米津玄師 × 宇多田ヒカル「JANE DOE」

「名前を持たない誰か」を意味する題が、レゼ編の帰結を痛いほど正確に射抜く。米津の旋律の骨格に、宇多田の風のような声が重なり、ラストカットの余白を呼吸の残響で満たす。OP=出会い/ED=匿名の別れ、という対照が一本の線で結ばれる。

挿入歌:マキシマム ザ ホルモン「刃渡り2億センチ(全体推定70%解禁edit)」

TV版で耳に刻まれた“あの曲”が長尺・新編集で帰還。カットの連打とギターの粒立ちが一致し、映像が音楽の打楽器に変わる瞬間がある。2番の歌詞がレゼを指すという読みも、映画の文脈の中で説得力を持つ。

声優:言葉の温度差で“恋と任務”を二重露光

  • デンジ:戸谷菊之介——ガサついた少年の未熟な直進に、ほんの一歩ぶんの躊躇を混ぜる塩梅。
  • レゼ:上田麗奈——無邪気の表面張力を保ちつつ、語尾に予兆のノイズを滲ませる。好きと任務の狭間で半拍だけ遅れる呼吸が胸を刺す。
  • マキマ:楠木ともり/アキ:坂田将吾/パワー:ファイルーズあい/コベニ:高橋花林/ビーム:花江夏樹/暴力の魔人:内田夕夜/天使の悪魔:内田真礼/岸辺:津田健次郎/台風の悪魔:喜多村英梨——“クセの総量”が映画の厚みを支える。

原作との距離感:映画リズムの“呼吸”で甘さと破壊を往復(所感)

  • 甘い時間の増量:デートや雑談の皮膚感覚を増やし、観客が自分の夏を投影できる足場を作る。
  • ショットの継承:TVだと切れがちなアクションを、地理の連続性でつないで身体の連続性に変換。
  • エンディングの意味:“名付けられない関係”としての恋が、ED「JANE DOE」によって物語の外まで響く。

ここが圧倒的に好き(Best)

  1. 雨×火花×金属の三重奏:MAPPAの質感表現が音響と連携し、体感型アクションの臨場を作る。
  2. 音楽設計の精度:OP/ED/挿入歌の三角形が、出会い→戦い→余韻を音で橋渡し。
  3. 上田麗奈のレゼ:言葉の“温度差”でキャラの二重露光を成立。映画の要。
  4. 映画的呼吸:100分の“間合い”の設計が巧み。切断のない感情曲線が快い。

もう一歩だけ欲しかった(Weak)

  • 中盤の追走で、地図的な位置関係をさらに一枚示すカットがあれば、より迷わず没入できたはず。
  • ラストの宿命の苦味は、爽快一直線を求める層には重い可能性。

鑑賞ガイド(これだけ押さえて行こう)

  • 推奨環境:IMAX(可能なら)。暗部の階調と爆発のダイナミクスが段違い。
  • 点滅演出の注意:光の点滅シーンあり。光過敏性発作に配慮。
  • 原作の読了範囲:漫画「ボムガール」区間を基礎。未読でも鑑賞可だが、読了だと仕草の行間が倍楽しい。

総評:レゼは“名前のない夏”だった

映画は、“普通を夢見る怪物たち”が一瞬だけ同じ温度で呼吸した季節の断片を、光と音で閉じ込めた標本だ。

上田麗奈が吹き込むレゼの柔らかな罠。戸谷菊之介のデンジが見せるまだ幼い直進。MAPPAの獰猛な映像。そして米津玄師「IRIS OUT」と米津玄師 × 宇多田ヒカル「JANE DOE」が、出会いと別れを最短距離で結ぶ。

映画館を出たあと、あなたはあの雨音を少しだけ探すはずだ。恋の残骸が、ちゃんと音を立てることを確認するために。

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